強く引き寄せられる感覚に目が覚めた。
オアシス都市であるアリアンの夜は、周りが砂漠に囲まれているせいで酷く冷え込む。窓は、半分開いていた。わざわざツインの部屋を取ったというのに相方は俺のベッドで俺を抱き締めて眠っている。もうひとつのベッドには俺とこいつの荷物や装備が無造作に置かれていた。シングルベッドに男が二人も寝ていればそれなりに軋む音がする。意味の無いことをしているなと思いつつダブルベッドの部屋を頼むのは恐ろしいので口出しはしない。
腰にまわっている戦士の手を無理やり剥いで、俺は床に足を下ろした。靴を履くと半袖のシャツのまま音を立てないように静かに部屋を出て行く。振り返ると戦士の腕がベッドから垂れていた。
屋上への扉についていた錠を失敬した針金で開けて、こっそりと俺は宿の屋上に上った。街中でも比較的背の高い類に入るこの宿の屋上からは、街を見渡すことができる。真夜中だというのに広場には露店が立ち並び、昼間ほどでは無いものの人もそこそこに行きかっていた。こんな光景が見られるのも古都のブルンネンシュティグかここ、アリアンぐらいだ。時折吹く冷たい風が都市の中心にあるオアシスにさざなみを立てた。ゆっくりと背の高い木々の葉が揺れる。そして俺の袖から出ている肌に突き刺さった。
上着を羽織れば良かったと思いつつも部屋には戻りたくないので仕方なくそのまま冷たい風に吹かれる。
『俺はお前に惚れた』
先日戦士に面として言われた言葉に、俺はまだ動揺している。突然のことで俺は頷けなかった。戦士はそれでもいいと笑った。でもその日から戦士のスキンシップは激しくなった気がする。人気の無いところではたまに唇を重ねてくるし、夜は俺を抱き締めて眠るようになった。俺も俺で、それを嫌がることができないでいる。
戦士と行動を共にしてから3週間。死に掛けの俺が助けられた事件から1週間以上経過した。あの時の傷はキラーのおかげで綺麗さっぱり消えた。けれどあの日から何かが変わってしまったように感じる。それは恐らく気のせいでは無いはずだ。それとも、
「最初にド突き倒された時点で…」
俺は人が落ちないように作られた柵によじ登った。木で組まれたそこに座り込んで、何も考えたくなくて、ただ真夜中の街を眺めていた。遠くの方で何かが軋む音がした。
「ここにいたのか」
突然近くで人の声がして俺は振り返る。物音ひとつ立てずに近づいたのか、見れば目の前には戦士が長袖のシャツを着て立っていた。ただし柵に座っている俺より小さいので、自然と見下ろす形になる。といっても柵がそれほど高いわけではないので頭二個ぶんくらいだ。
「起こした…か?」
「いやそういうわけじゃない。それより冷えるぞ、これを着ろ」
戦士は俺にコートを投げてよこした。すでに身体が冷えていた俺は文句も言わずに大人しくそれを羽織る。冷たい空気が触れる面積が減って、少し暖かくなった。
「リュウ」
戦士は手を伸ばすと俺の膝に手を置いた。
「すまなかった」
「え…」
謝罪の言葉の意味が分からない。彼は言葉を続けた。
「俺は一方的に思いを告げただけだったな。お前からくちづけも抱き締める許可も貰わずに一方的にしていただけだった。あの時もそれからも今まで、必死だった俺は何一つ考えなかった。言葉が足りなかったんだ」
屈んでくれないか、と言われて俺は上半身を屈ませた。戦士は背伸びをして俺の顔に手を添えた。
「お前の気持ちが聞きたい。
俺を、好きか?」
「…わからない」
俺はそうとしか言えなかった。
もし好きだとしても、それを言ってしまったら何かが終わってしまう気がしていた。そういうことを言うのは一般人だ。俺達冒険者は一人ひとり独立していけなければならない。他人に甘えてはならない。その分弱くなる。昔組んだ冒険者がそう言っていた。
だから俺は人を好きにならないと決めていた。弱くなることは冒険者としての大きな痛手だからだ。強くなくてはならない。だから俺は弱くなることをそれが何であれ極端に避けていた。
「リュウ」
名前を呼ばれてハッと我に返った。相手の顔はさらに近づいていた。
「なら、俺とゲームしないか」
「ゲーム…」
「だけど真剣で」
俺はじっと見つめられていた。なに、と言葉を促すと戦士は俺の頬を撫でながら言った。
「俺と恋をしよう」
真剣な場面にもかかわらず俺は噴き出しそうになった。
この戦士が、なに?恋をしよう?まさかそんな、俺の聞き間違いじゃないか?
「こ…恋?」
俺は必死に笑いを堪えながら聞き返した。戦士が頷く。こんなに笑いたくなったのは久しぶりだ。でも笑わないように頑張る。俺、頑張れ。
「戦士でもそんなこと言うんだ…」
「言っちゃ悪いか?言っておくが俺は真面目だ、真剣だ」
確かに戦士の表情はマジだった。俺は笑いを治めると戦士の顔を見返す。
「するのか、しないのか?」
「……」
そんなの御免だ、と言おうかとも思ったが、口には出なかった。どうするべきなのか、俺には答えが分からない。
「リュウ」
「…恋、か」
「そうだ、俺と恋をしよう」
真顔の戦士に対してもう笑いは込み上げない。それだけ俺もマジなのかと思って、どうしようもないなと心の中で呆れた。
「俺に…恋、させることできる?」
するとは言わなかった。最後の防衛線を無意識に張ったつもりなのか。
「できる」
戦士は俺を抱き上げた。地面に下ろされるまで、俺は慌てて戦士にしがみつく。硬い地面に下ろされて、相手の腕は腰にゆるく回っている。俺の腕は相手の肩に置いてあった。
「…もう一度聞く。今度は逃げるな。俺と恋をするか、リュウ?返答は二つに一つだ」
至近距離で逃げられない視線に、俺は遂に降参をした。
「…yes」
戦士は静かに頷いた。
「キスしてもいいか、リュウ」
「…いいよ」
初めて俺から許可を出した。これは一方的ではない、お互いに了解してるうえでのキスだ。
「目を閉じてくれ」
言われたとおりに目を閉じた。俺の手は戦士の肩ではなく背中に回っている。暗闇の中でも戦士が顔を近づけたのがわかった。吐息が唇にかかったからだ。
「…ん」
静かに重ねられる唇はいつものキスじゃない。
掠め取るようないつものと違って、ゆっくりとお互いの時間を共有するような恋人同士のキスだ。30秒ほど唇を重ねていただろうか、戦士が顔を離した。俺は目を開けた。
ちゃんと見ることのできた戦士の顔は、いつもより目が優しかった。
「リュウ」
「なに?」
「好きだ」
「…」
俺は何も言わずにただ頷いた。
恋する瞬間には他の誰にもわからない。自分自身で知るのだから。
方法はきっと、俺の彼氏が知っている。
惚れたって言うな!の続き。第二章です。
ずいぶん長いプロローグだな。シーフを前回以上にツンデレにしたいと思っています(笑
真面目に恋させることができたらいいな。
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